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楽園追放感想 その2

というわけで前回の続き

宇宙を目指すフロンティアセッターに対し、宇宙への情熱興味、その一切を失ってしまった現人類
これはまさに現実世界の宇宙開発打ち止めの状況を示唆してますね

作品世界でも現実世界でも宇宙開発の規模が縮小ないし、停止してしまった理由はコスト面の問題が大きいですね
それだけの労力をさいて宙を目指す、利益がない旨みがない意味も価値ももはや見いだせない
そういった理由でしょう

自我が目覚めたとは言え、プログラムに従って合理的に物事を判断しそうなロボットだけがその非合理をよしとしたのは興味深いですね。皮肉が効いてます
いや、プログラムに従うしかないから始まりの命令を忠実に守っただけかもしれませんが

フロンティアセッター、は人を宇宙に導くことを使命と考えながら、誰ひとり彼と一緒に宇宙に行くことはなかったですね…
それがひたすらに悲しいです
せめて彼が彼自身の為に宇宙を目指したのであればまだ救いがあったというのに…


やはり宇宙なんて荒唐無稽なものは人類が目指すべきものではなかったのでしょうか…
そんなものに労力を割くぐらいなら、現実世界で起きている様々な問題にその労力を向けたほうが人道的で道徳的で価値のあることのはずだ。
実際現実世界でも作品世界でもそのような形で宇宙開発は縮小していったのでしょう。
確かに、飢餓や貧困で苦しんでいる人々を尻目になんの旨みもない宇宙を「ロマン」だとかいう曖昧模糊な感情をもって目指すのはずいぶん非人情で不自然な状況な気もしますね

ただ私は声を大にしていいたい
宇宙に人が焦がれ続ける限り、人は宇宙を目指すべきであると

理由は簡単です。行きたいですもん、気になりますもん宇宙。それをどうしたって目指したいって思う人は絶対いるでしょうし。私はそれを応援したい。つか他人がその意思をくじいちゃいけないですよ。

皆さん想像してください。
皆さんも小さい頃、何か大きな夢とか漠然とした何かになりたいという強い気持ちがあったと思います。
スポーツ選手だとか、芸能人だとか、総理大臣だとか日本大統領とか

何故、その夢をいつしか持てなくなったのか
それはその夢が叶わない、もしくは叶えてはいけない理由を見つけてしまったからではないでしょうか
その理由を私たちに示したのは両親、友人、教師…それとも自分自身でもあるかもしれません。

社会や自分がいろいろと理由をつけて、私たちから夢をみる力を日々奪っていきます。
夢見る力を奪われた社会は活力をなくし、明日を生きる力さえも沸かなくなってしまうのではないでしょうか。
私はそんな生きてるだけの社会で生きていたいとはあまり思えません。
そんな社会に守る価値、救う価値を見いだせない人も大勢出てくるでしょう。そうなれば結果的に飢餓や貧困問題だって解決されることはなくなってしまいます。
だから私たちは、人々が夢を見ることができる社会を作っていかなくては、守っていかなくてはならないとかそんなことを思ってます。私たちがこの世界を好きで有り続けるために

だから宇宙は必要なんです。
私たちが明日を夢見ていくだめにも。この世界が子供たちにとって生きていきたいと思える世界であるためにも

宇宙を目指すことを肯定する世界は
あらゆる夢が叶う可能性を提示している社会でもあるのです。

そういう意味合いもあって、このサークルの名前も「コスモナウト」と命名しました。
いい名前でしょ
私もそう思います。


まぁー「楽園追放」を見てこんなことを思いましたーとかそんな感じです
長文失礼おば

CG担当のくじらジオでしたー
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